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違いがわかるということ
 この人とは違うな、何か違うなと思いながらある程度友人や恋人として付き合いを続けてきて、ふいに「あ、この人自分と全然違うんだ」とわかった時、なぜ嬉しくなってしまうのだろう。なぜ、わかり合えた気になってしまうのだろう。
 答えは単純だ。
 わかっていなかった部分が具体的にどうわかっていなかったかが、はっきりするからである。わかるにせよわからないにせよ、はっきりしないのが一番気持ち悪いのだ。
 この人は違うと思いながら、ほとんどの人は、具体的にどう違うの、何が決定的に違うのか、わかりきってはいない。だから、どう違うのかを説明しろと言われても、しっかり説明できない。ただ自分と違うということだけがわかっていて、「どのように」違うのかはわかっていないのだ。
 なぜそうなるのかというと、人は無意識のうちに自分の人間性に引き寄せて相手を理解しようとするからである。自分とは違うなあと言いながらも、実はどこか自分と同じベースに立っているんじゃないか、あるいは自分と同じ部分があるんじゃないかと無前提に考えている。いくら違うといっても、このあたりは自分と同じでしょ? なんてふうに思い込んでいたりする。人は誰しも自分を基準にして自分と照らし合わせて他人がどうか判断していくので、違うと感じている人に対しても、「自分の変奏曲」や「自分のバージョン違い」のように考えてしまうのだ。自分に普通に備わっていること、自分が当たり前のように持っているがために意識しないでいることは、当然として相手も持っているはずだと無意識のうちに前提してしまうのである。
 だが、世の中には変奏曲でもなんでもなく、まるっきりベース自体が違う人がいる。そもそも自分と前提自体が違う人がいる。そういう人は、そもそも自分と人間が違うのだ。自分と同じように理解しようとするから──自分の延長線や自分のバージョン違いとして理解しようとするから理解できなかったのだ。それがはっきりとわかりきるから、すっきりするのである。そして、それは相手を理解したことになるのだ。「相手だってこうに違いない」という自分の思い込みの眼鏡を通すのではなく、自分にある前提を外してありのままの相手を見つめたわけだから。それは嬉しいことだ。勿論、相手にとっても嬉しいことである。自分が相手とどう違うのか、正確につかんでもらえたのだから。無理矢理相手の尺度で推し量るのではなく、色眼鏡抜きに自分を理解してもらえたのだから。だから、お互いわかり合えた気分になるし、それはある意味、わかり合えているのである。
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こうくう | URL | 2006-05-13-Sat 15:34 [EDIT]
 書かれていることと、少し違うのかもしれませんが、最近、人を許せるようになりました――すこし乱暴ないいかたですが。
 自分に対して言えば、鷹揚になった気がします。

 今までは、自分という枠があり、その枠からはみ出た言動を取られると、思わず、ムッとしてしまっていました。
 分かってはいるが、それでも――と、いう複雑な感情が渦巻くのです。情操教育などが関係しているのかなぁ、とぼんやり考えていたりしたのですが、人を観察してみると、意外と自分と同じ感覚を持っているようなのです。
 ましてやそれは、ささいなことのほうが、表面に表れやすかったりします。ようするに、生活において頻繁におこなわれる行為です。
 ここは合っていると想うのですが、鏡さんも言われている通り、自分の決めた範囲というものは無意識のうちに、生活などの中にさえも存在するようです。
 サービス業をやっているので、それを自分に、またお客さまに、とてもよく感じます。
 とはいえ、ここ数年、色々な人を見てきたおかげでしょうか。一種の、諦観にも似た理解を得ました。
 この人は、こういう人だから、いちいち腹を立てるもんじゃないんだ。これが普通だと思って行動しているのだから、感情論を省けばこの人に善悪はつけられない。といったものです。
 
 また、思ったのは、物事の大きさ、によって、その感覚が薄まっていくことです。
 あまりにも大きい、自分の中に定義のない事物に対しては、その定義がない、もしくは捉えることが出来ていないのか、他人の反応が、一様に同じに見えます。
 もちろん僅かな差はありますが、それも落ち着いてきた後や、ことが起こる前の、まだ理性がのこっているようなときの話であって、ことが起こっているというときは、差、というものを見出せない場合があります。

 人間は、自分の中に色々な形の枠を持ち、またそれを個性、性格、価値観など、色々なものに反映させているのだと思いますが、なにかこう、根本的な部分を見ると、人間を見分けるのは、外見部分だけなのかなーと、思ってしまいました。
 
 話が飛んでしまいますが、キャラが全員同じ顔に見える、もしくは違う作品なのに、他に書いたことのあるようなキャラがいる、というときに、微妙な性格に、あまり差を感じないときがあります。
 それは書き手の力量も関係しているのだと思いますが、漫画などで、力のある人間の手にかかっているものであってもそれは感じます。
 恋愛観の一つとして、人は外見ではない、といいますが、この言葉を、この話の上で、また解釈を都合のいいように変えてみてみると、
 外見が違うからこその人、ということなのかなと、考えてしまいました。たとえ上手いとはいえなくても、個性のあるキャラ絵のほうが、良い作用をする場合もこういったことなんでしょうかね。
 
 情報の欠落をどう埋めるのかという方法としての、
 足りなさ過ぎるときには、ひとまず自分の定義の中のもので、多く埋めて、都合のいいように脳内補完をし、
 わずかに足りない場合は、逆に足りない場所を探してしまい、違和感を感じる、といったものも関係しているのかもしれませんが。
 それは2Dキャラと、3Dキャラの人間味の違いの話なのですが。

 とはいえ、これらは、確固たる自信のある考えかたではないので、穴だらけなんですが。漠然としたものです。
 

キリ | URL | 2006-05-13-Sat 16:37 [EDIT]
「理解できない」と理解するってことでしょうか。

自分とは明らかに前提が違うのだなぁ、と感じることはよくあります。そして前提が同じだとそれだけで嬉しくなるというか、好意を寄せてしまうというか。こういうところに、自分のコミュニケーション能力の低さを感じてしまいます。

そして、いつかのコラムであった、「仕事のハナシのできない世代」とも関わってくるのかなぁ、とぼんやり考えていました。「仕事のハナシができない世代」の人間としては一刻も早く「仕事のハナシ」ができるようになりたいなぁ、と思うところですが……なかなか(苦笑)

PS 『行間を読ませないゲーム』で思い出したことがありました。私のブログでちらっと書いてみましたのでよろしければご確認ください。内容はまったく関係ありませんが、自身としてはとても大切なことでした。どうもありがとうございました。
話はそれるが
アーバイン | URL | 2006-05-17-Wed 00:01 [EDIT]
入社して3年が過ぎた頃、キャラの濃い上司に

 「性格を直せとは言わんが、その性格で周りに許してもらえるようになれ。」

と言われた事があったなあ、と。

しかし、趣味や物事への感じ方のなどに共通点を見出すと惹かれあったりするのが男女の仲
だったりで、これは「人は自分とは違う」という出発点からくるもののような気がするんだが違うの
だろうか?

鏡仙人 | URL | 2006-05-17-Wed 06:35 [EDIT]
●こうくうさん

>今までは、自分という枠があり、その枠からはみ出た言動を取られると、思わず、ムッとしてしまっていました。

 自分が自分を好きになれていないとき──自分が「心地よい」と思っている自分の枠をはみだした部分、すなわち自分の嫌いな部分を過度に嫌っているとき──自分の枠からはみだした人に対して同族嫌悪で怒りを感じるということがあります。

●キリさん

そうです、何がどう違うのかわかっていなかったということです。わかっていないということに対して理解が浅く中途半端だったということを理解したということでもあります。

●アーバイン君

 元気しとる~?
 久々に会いたいもんやね~。

 男女の「違い」から来る惹かれあいというのは、実は「お互い同じベースに乗っかっている」「人間としてのベースが同じである」という前提を元にしているのよ。その上での違いだす。

 たとえば、ゴミは捨てずに持ち帰るものと無意識に思っている人は、ゴミは持ち帰らずに捨てるものと思い込んでいる人に出会っても、決して惹かれることはないやろう。 

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