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巧拙の溝
 作り手と受け手と言ってしまうと乱暴な区別になってしまうが、たとえば絵を描いている人と絵を描いていない人との間には、巧拙という言葉をめぐって埋められない溝がある。
 絵を描いてる人間は、ここがうまくいかないな、ここ、どんなふうにすればいいんだろう、なんて絵に対して高い意識を持って接しているので、普通に絵を眺めるにしても、「技術的な部分」を気にしながら絵を見ている。なので、絵としておかしな部分にも、絵として凄い部分にも比較的気がついてしまう。
 けれども、絵を描いていない人間は、純粋に「印象論」だけで見てしまう。つまり、見た目のインパクトである。デッサン的な部分や、絵として凄い部分には目がいかない。目がいかないというより、見えないのだ。だから、絵を描いていない人間にとっては、インパクトのある絵がうまいのであり、インパクトのない絵は、実際に技術があっても下手ということになる。
 こうなってしまうのは、ただの見ている次元の違いだけではない。「うまい」という言葉自体が、そもそも違うのだ。
 絵を描いている人の「うまい」は、純粋に技術的な巧さを意味しているが、絵を描いていない人の「うまい」は、インパクトがあった、気に入ったという意味である。
 同じことは、小説の文章にも当てはまる。本当にうまい文章というのは、限りなく水に近いお酒のようなものだが、自分の文章レベルが低いと、それがうまいというのが見えて来ない。はっとさせられるフレーズが宝飾のように散りばめてある文章をうまいと感じてしまう。飾りは所詮飾りであるということが見えない。プロとして書いている人間は、技術的な視点で文章を見ているが、そうでない人間は、印象論の視点で見ているからである。
 美少女ゲームの文章(地の文)についても同じだ。文章を書いている人たち──まともな作り手たち──は、印象論ではなく、技術的にどうかということを見て「うまい/下手」を判断する。しかし、文章を書いていない人たち──受け手たちとまともでない作り手たち──は、技術的にどうかではなく、印象としてどうかということで「うまい/下手」を口にする。だから、台詞は台詞、地の文は地の文、ストーリーはストーリーというように作り手にとっては別物として存在しているものが、受け手にはすべて「テキスト」としてひっくるめて捉えられてしまう。
 印象論の視点は、本当の巧拙を照らし出しはしない。それがゆえに、時として作り手を甘やかしたり勘違いさせたりする場合がある。
 たとえば、巷でエロいと評判のソフトがある。その中のエッチシーンで、妙な日本語が登場する。

「乳房を弾み立てる」
「たわわに弾みかえる爆乳」
「暖かくぬめりたつミルク」

 どこが悪いんだろう、と思ってしまう人もいるかもしれない。変哲なところもないし、自然な感じがするけれど……と感じてしまう人もいるだろう。
 だが、全部聞いたことのない日本語なのだ。絵でいったら、指が6本ついていたり、指の間接が1個多かったり、腕が違う方向に曲がっていたり、股関節がうまくつながっていなかったりするようなものである。
 「弾み立つ」というのは、元気になるという自動詞である。他動詞はないようだ。だから「弾み立てる」という表現は使えないのだ。無理にここで使う必然性も感じられない。百歩譲って他動詞として使えるとしても、「乳房を弾み立てる」というのは「オッパイを元気にさせる」という意味になってしまう。乳揉みのシーンでそれはどうであろうか?
 弾みかえるも、日本語として変である。「弾む」と「かえる」のつながりは日本語としてあまりないと思う。ぬめりたつミルクも、意味不明。こういう言葉の選び方を見ていると、この書き手、ろくに辞書を引かないで、自分の中でロシアンルーレットみたいに言葉をまわして、「あ、これいいかも」と思った言葉をその場の雰囲気だけでつなぎあわせとるな、言葉への愛、プロとしての意識がないな、というのが、ちゃんと愛をもって書いている人にはわかってしまう。だが、この文章がおかしかったという声は、まだ鏡は聞いていない。そして、聞いていないからといって──ユーザーが下手と評していないからといって、このようなことをしていいかというと、よくないのである。
 物書きの書く言葉が教科書でなければならないとは思わないが、言葉で飯を食っていく以上、それなりのまともさは要求される。主語-述語をねじれさせないとか、基本的に間違った用法は使わないとか、無闇に勝手な造語をしないとか、愛なくして言葉を使うなとか、そういうのは作り手としてのモラルだ。
 面白い/面白くないの評価は、マーケットが下すものである。つまり、受け手が判断するものである。しかし、作り手の「巧拙」と受け手の「巧拙」が同じものだと勘違いし、巧拙の評価もまたマーケットが下すものだと都合のいい解釈をしてしまうと、作り手の意識に隙が生じてしまう。下手と言われなければ、別に変な日本語でも文章になっていない文章でも別にいいじゃんという甘えが生まれてしまう。
 だが、受け手が下手と言わないからといって作り手があぐらをかいて変な日本語を量産してしまってはいけないのだ。それでは、いずれ業界全体のレベルを下げて、自分たちの食い扶持を悪くしてしまう。受け手の「うまい」が「インパクトがある」という意味なのに、本当に巧いと勘違いして慢心するようなことはあってはならないのだ。それは作り手が持つべきプロ意識である。そして、それは絵描きにしても恐らく同じことなのだ。
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COMMENT

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アニメとかドラマ
キリ | URL | 2006-05-06-Sat 15:37 [EDIT]
だと、印象・技術の差はわかりやすいかも、とは思います。
巷で悪評を聞く「ガンダムシード」や「ガンダムシードデスティニー」なんかはわたしは面白いと、思ったわけです。印象論で言えばですけど。事実(かどうかはさておき)、画自体はキレイなものでしたし。キャストも豪華でしたし。それでも評価が悪いのは作品それ自体を複合的・技術的に見ているからじゃないかなぁ、と思ったわけです。ストーリー展開なんかも最低限、今のワタシじゃ到達できないような高いレベルなわけですし。……決して皮肉でなく(笑)
まあ、だったら良作だったのか、と聞かれれば、NO、と答えるのですが(笑)

……さーて、この文章、ヘンな日本語は無かったかな、と(笑)

鏡仙人 | URL | 2006-05-06-Sat 17:37 [EDIT]
 おれが言っているのは、ユーザーとユーザーの間の「巧拙」の見方の違い、観察眼の違いではなく、受け手と作り手との間の「巧拙」の違い、観察眼の違いです。
ああ、そっか。
キリ | URL | 2006-05-06-Sat 22:49 [EDIT]
「巷で」と言った段階でユーザー間の違いになってしまうのか。

失礼しました(汗

業界の方と巷の人たちとの見解の相違に言及するとよかったのかなぁ? けど、その場合、その差に関しては知識がないから、私には問題提起さえできない。

難しいなぁ。

NITRO | URL | 2006-05-08-Mon 02:57 [EDIT]
ぬめりたつ、はすごいですな(笑)
語彙の少なさを、知ってる言葉の無理矢理なつなぎ合わせで補っているんでしょうか?
言葉に対して意識が高いはずの文筆業(と、言ってしまいましょう)に関わってる者が、「ぬめりたつ」はねえだろ、と。
まあ、正直「ぬめりたつ」に受けたんでツッコミをいれたくなったんですが(笑)

絵に関しては、昔、油絵やマンガを描いていたので多少はわかるつもりですが、描けない人と描く人の間には深くて暗い川が横たわっていますねー。それは常々感じていました。
どっちが偉いも偉くないもないのですが、感じているものが違うなあ、とは思います。

鏡仙人 | URL | 2006-05-08-Mon 06:21 [EDIT]
●キリさん

「それでも評価が悪いのは」という部分が、作り手の評価ではなく、受け手の評価ですね。

それとも、作り手から見ても、評価は悪いのかな。

●NITROさん

エロゲーのテキストライターは、めちゃめちゃ言葉への意識が低いです。皆無です。三点リーダーの代わりに中黒を使ってふんぞりかえっているのは、この業界ぐらいです(笑)。

エンターテインメントで食っていくなら、印象論と技術論の両方が必要です。

鏡仙人 | URL | 2006-05-10-Wed 09:56 [EDIT]
 売れすぎた作品は往々にして駄作であり、ほどほどに売れた作品は良作であることが多いです。ただ、売れすぎた作品は時代性を象徴しえます。

>印象論と技術論とは、作り手として達観した視点を持ちながらも、己の作品を受け手側視点から見る、という様々な視点を持った人間のことを言っているのだと解釈しますが、

 その通りです。
 非常に正確な把握ですね。興味深い書き込みでしたので、「捉え方を間違えている方」について、新しく記事を起こしました。

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